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3.11に想うこと

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3.11は忘れてはいけない日だ。


ましてや、東北人のわたしにとって、なおさら忘れられない日だ。


東日本大震災の時は、すでに千葉に住み、東京で場所で働いていた。

しかし、両親は東北にずっと暮らしていた。



両親は会社の事務所にいるときに地震に遭った。

立っていられないほどの揺れに襲われ、揺れが収まってやっと外に出たという。
事務所の床は真っ二つに割れ、大きな段差となった。


わたしは東京の会社で地震に遭った。
恐ろしいほどの揺れに襲われ、ブラインドはガラスに打ち付けられた。

その地震が東北の沖合いが震源ということは後で知った。

すぐに両親に電話をかけたが、まったく繋がらなかった。


携帯のワンセグの映像で、巨大な津波がやってくるところを見て青ざめた。

被害の大きさは誰もが知る通りである。


その後、粘り強く会社から電話をかけ、やっと両親が無事であることがわかった。

たくさんの余震が来て、緊急地震速報が鳴り止まなかった。


東京の鉄道は全てストップしたため、早々に帰るのを諦めて会社に泊まった。

翌朝、家まで動くかわからない電車を乗り継ぎ、駅間を歩き、5時間半かかって帰宅した。


最初に電話してから、両親と全く連絡が取れなくなった。

早朝に全町民に避難命令が出され、山側に避難したのだ。

刻々と避難区域は広がっていった。

なので避難しても、そこがまた避難区域になる、という状況であった。


両親はあちこちの避難所などを転々とし、知り合いの別荘がある栃木県の那須にたどり着きお世話になった。

約二週間後に東北新幹線の運転再開を経て、東京に避難してきた。


私は、東京駅に両親を迎えに行った。

両親が到着して改札の向こうから、こちらに歩いてきた。

まさに「着の身着のまま」といった出で立ちで、大きな紙袋を両手に抱えていた。

二人とも疲労困憊であった。

父が好きな「駅そば」を一緒に食べたのを思い出す。



その約一ヶ月後、両親はわたしに何も言わず東北に戻った。



とても危険なため、わたしに反対されるのがわかっていたから黙って行ったのだ。

両親は何も用意せず戻ってしまったため、家具・家電すらない。


わたしは洗濯機と電子レンジを買って、車に積んで現地に向かった。

東北道の福島市からぐるっと回って行く必要があった。

通行できるとは言え、高速道路ですら継ぎ目に大きな段差があり徐行した。


高速を降りると、警察・消防・自衛隊の車両ばかりが走っている。
目的地が同じだから、ずっと自衛隊車両と一緒に走った。

海から数km内陸に入った国道にも漁船が打ち上げらたままだった。

全てが根こそぎ流されたため、見えるはずのない場所から海まで見渡せるようになっていた。



スーパーもちゃんと営業していないような、あんな状況なのに両親は帰ったのだ。



しばらく時は流れ、事業をしている人は、町に立ち入ることができるようになった。

帰省して、わたしは母と一緒に町に入った。

荒れた町、人のいない町、家畜が歩く町。

そこには静寂だけがあった。

信号だけが虚しく点滅していた。



その後、父は病気で亡くなった。

母はずっと一人暮らしをしていたが、最近になってやっと東京に来た。



元の実家はもちろんずっと誰も住んでいなかったので、どんどん朽ちていった。

そのため、去年に建屋を取り壊して更地になった。



実家のあった場所は、今は自由に立ち入れるようになった。

行こうと思えば、いつでも行ける。

なんて思ってたけど、なかなか足が向かなかった。

行く気持ちになれなかった。




だけど、バイクに乗り始めてから、ずっと思っていたことがある。

「バイクで実家のあった場所に行こう」

もう一度、自分の目で確かめてこよう。

そして、東北をバイクで走ろう。




震災から丸7年を迎え、今やっと実行に移す時が来た。


わたしは東北人だ。

それを確かめに走りに行く。







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Category: バイク
Published on: Sun,  11 2018 14:46
  • Comment: 12
  • Trackback: 0

- 12 Comments

ふぉー  

こんにちは

気をつけて
その目に焼き付けて戻ってこい
そして話を聞かせてください

2018/03/11 (Sun) 16:33 | REPLY |   

Samurai-X  

こんばんは(^ ^)

あれからもう7年経ったのか…

当時、私の職場は南三陸町だったんですが、あの日は夕方からの勤務で現地におらず、偶然にも津波の被害を免れることが出来ました。

もし早い時間からの仕事だったら、津波に飲み込まれてたかもしれません。
思い返す度にゾッとします


やっすん♯さんにはお家があった場所へ行くという目的がお有りですが、東北はいかに復興が思うように進んではいないという現実をぜひ自身の目でご覧になっていただきたいです。



どうぞ宮城県へ。

2018/03/11 (Sun) 21:24 | REPLY |   

きよ  

そうでしたか。
東北出身だったのですね
色々と思うことが多いと思います
北陸に住む私では、想像もつかない事も多々あると思います

当時を振り返ると、mixiでの友達が会津にいたことから
数か月後にバイクで会いに行ったのを覚えています
牧場関係の方だったので
「相馬から被災した馬を数頭引き取ってきた。」との事でした

2018/03/12 (Mon) 07:18 | REPLY |   

鉄壁  

 

こんにちは
当時TVで流れる映像を見て自然の恐ろしさ感じていました。
阪神大震災、東日本大震災、熊本地震、近いところでは九州北部豪雨被害。
九州北部豪雨被害では友人宅が流され、果樹園が全滅。僕の実家も家への
入口の傾斜があと少し緩やかだったら洪水に巻き込まれていました。
今なお、福岡~大分では被害の爪痕が残ってるとのこと・・・
僕もやっすんさんと同じように、今年の九州帰省では被災地、友人宅を周
ろうと思っています




2018/03/12 (Mon) 16:50 | REPLY |   

やっすん♯  

Re: ふぉーさん

こんばんは(^^)/

ありがとうございます。

自分の中で行かないといけない、って気持ちと行きたいって気持ちがあって、まぁまぁ複雑です。

ちょっくら行ってきますよ!

と言ってもまだ先ですけど~。

色々と計画中です。

2018/03/12 (Mon) 21:46 | REPLY |   

やっすん♯  

Re: Samurai-Xさん

こんばんは(^^)/

コメントありがとうございます。

南三陸が職場だったとは、想像するだけで大変なことです。

さぞご苦労とご心労があったと存じます。

わたしは仙台生まれ仙台育ちと言ってもいいくらいですが、わりと多感な時期を福島で過ごし、最終的な実家は福島にありました。

街が失われるということ、ふるさとがなくなるというのはとてもつらいことですね。

我が家にも2011年の年末に喪中のはがきがたくさん届きました。


浜通りは原発のことがあり、また違った復興の難しさを感じます。

旅程については今計画中で、どこまで行けるかわかりませんが検討してみます。

2018/03/12 (Mon) 21:53 | REPLY |   

やっすん♯  

Re: きよさん

こんばんは(^^)/

コメントありがとうございます。

わたしは宮城県出身で一時期福島にも住んでおり、最終的な実家は福島にありました。

被災地はまだまだ今でもたくさんの問題を抱えております。

わたしが直接被災したわけでもないですが色々考えます。

実際に被災した方々はいかばかりかと胸が痛いです。


会津に行かれたのですね!
とてもいいところです。

南相馬では相馬野馬追祭という馬のお祭りがあります。
それに出る馬かもしれませんね。

とても勇壮で活気のあるお祭りですよ。

2018/03/12 (Mon) 22:00 | REPLY |   

やっすん♯  

Re: 鉄壁さん

こんばんは(^^)/

あの映像ばっかり見ていると病んでいきます。
わたしは震災後しばらくテレビやYouTubeを見まくってました。

無力で歯がゆさがあったんですよ。
自然災害は恐ろしいですね。

だけど原発は人災です。

人が消えた街にはとても恐ろしさを感じました。

人がいる時を知っているので、なおさらです。


ああ、鉄壁さんの帰省に便乗して九州行きたい(笑)

2018/03/12 (Mon) 22:15 | REPLY |   

ふーたんw  

こんばんわ

7年…。(´;ω;`)
今も思い返すと胸が痛いです。
くれぐれも気をつけて…。
あの日の映像…何度も何度もテレビで流れてて…。
なんか…言葉が出てこないけど(´;ω;`)
本当に気をつけて…。

2018/03/14 (Wed) 02:36 | REPLY |   

やっすん♯  

Re: ふーたんwさん

こんばんは(^^)/

ほんとに思い出すだけでつらい記憶だね。

人それぞれに想うところがあると思う。

自分の実家やふるさとの町があんな風になるとは思ってなかったよ。


まだちょっと先だけど、帰ってくるね。

行くんじゃない、帰る!


コメントしづらい内容にコメントありがとう (^^)

2018/03/15 (Thu) 21:33 | REPLY |   

オヤジ  

やっすんさん、天災は体験したことが無いのでホントの意味では分かりませんが、やっすんさんの優しさは文面で伝わってきました(^^)
ご両親がご無事でなによりでしたね!
現状把握は辛いでしょうけど、気を付けて帰省して下さいヽ(*´∀`)ノ(^^)

2018/03/16 (Fri) 09:10 | REPLY |   

やっすん♯  

Re: オヤジさん

こんばんは(^^)/

わたし自身も直接は災害にあってませんが、ふるさとや家族のことで結構いろいろありました。
家族とは言え、もめたりもしました…。

両親は海の方にはいなかったので、無事でしたがその後の避難が大変でした。


前に帰ってから何年も経ってますが、もう一度この目で見てきたいと思います。

2018/03/16 (Fri) 22:50 | REPLY |   

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